マーケティングとはなにか⑧「天才型」

最終更新: 1月21日





マーケティングについて、かつて同僚に問われてうまく整理がつかない問いがありました。それは、「iphoneはプロダクトアウト型の製品なのか」というものです。iphoneを世の中に送り出した故スティーブジョブズは、「マーケティング」という言葉が大嫌いだったことで有名です。

Some people say, ‘Give the customers what they want.’ But that’s not my approach. Our job is to figure out what they’re going to want before they do. I think Henry Ford once said, ‘if I’d asked customers what they wanted, they would have told me, ‘A faster horse!’’ People don’t know what they want until you show it to them. That’s why I never rely on market research. Our task is to read things that are not yet on the page

「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。だが、私の考えは違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが我々の仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客に尋ねていたら、『足が速い馬』といわれたはずだ」って。人々はみんな、実際に"それ"を見るまで、"それ"が欲しいかなんてわからないものなんだ。だから私は、市場調査に頼らない。

私達の仕事は、歴史のページにまだ書かれていないことを読み取ることなんだ。

スティーブ・ジョブズ

こうした考え方を持ったジョブズからすれば、「The トラディショナルマーケティング」の考え方、すなわち、顧客のニーズを徹底調査し、分析して適切にセグメンテーションし、そのセグメント層のニーズに答える製品を開発とマーケティング戦略の立案と実行を一生懸命やっても、決してiphoneが生まれることにはなりません。伝統的マーケティングの見事な否定です。

では、iphoneはユーザーのことを無視して、ただ技術者/芸術家が自己満足するだけのおもちゃでしかない「プロダクトアウト型」の製品で、それがたまたま当たっただけなのでしょうか?弊社はそうではない、という立場をとります。

ヘンリーフォードにも、スティーブジョブズにも共通しているのは、「顧客が望むものを一番良くわかってるのは必ずしも顧客本人ではない。」という前提がありつつ、「こんなもの(四輪自動車やiphone)があったら、自分は絶対使いたい。」という、いちユーザーとしての自身の本源的欲求が出発点になっているところであり、これは既に多くの研究者や企業家によって指摘されています。この点において、「今の生産ラインで作れるものを作る」とか「技術的に可能な最高レベルをひたすら追求する」といったプロダクトアウト型の発想とは全く異なると考えます。

そして、このタイプには、もう一つの特徴があります。それは、ターゲティング/セグメンテーションといった概念が希薄/またはめちゃくちゃでかいことです。

四輪自動車もスマートフォンも、市場が既に形成され、成熟化が進んでいる現在では、市場は細分化され、そのターゲットに対するマーケティング戦略も異なって当然です。しかし、少なくともヘンリ―フォードは特定の富裕層だけに車を作りたかったわけではなく、スティーブジョブズは「20代前半、年間所得●●でITリテラシーの高いXX層」にターゲットを絞ってiphoneを開発したわけではないでしょう。

「こんな製品ができれば、みんなが喜ぶ。」という視点ですべての人々に新たな価値を届けたいという高い視座(というか狂気)は、既存市場をセグメンテーションする、といったレベルの概念を超えた、まさに市場の創造であって、セグメンテーションという概念とは別次元の話だと考えられます。(普通は、「みんな」をターゲットにするマーケティング戦略は「あまりほめられたものではない」という評価が多いと思われます)

弊社では、このタイプのマーケティング活動(マーケティングというよりは市場に対する姿勢)、というべきでしょうか)を、「天才型」と定義しています。


この「天才型」のマーケティング(経営)手法の最大の課題は、当たり前ですが、「全く再現性がない」「まねできない」点です。神がかったひらめきと、狂気を持ってそれをやりきる稀有な実行力と統率力のある「天才」に大きく依存しています。後講釈の好きなヒョーロン家コンサル的にあえて言うなら、天才が生まれ得る社会風土や多様性を社会全体、国全体で確保し、あとはひたすらそこから突然変異が生まれてくるのを待ち続ける体力と忍耐力が必要、ということでしょうか。


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